「BOOKMARK」の全曲アレンジに携わってくれたhuenicaよりメッセージをいただきました。

「”新しい靴”としてのkainatsuというサウンド文体」

今回、僕等huenicaがアレンジ、サウンドプロデュースを請けた。
その中で、制作開始から完成まで通して密かに流れていた地下水脈のようなテーマ、
それが「”新しい靴”としてのkainatsuというサウンド文体」を鳴らすということである。
kainatsuとhuenicaとしての出会いはまだ新しい、2017年リリースのアルバム「暮らし の はなし」で3曲、アレンジメントを担当した時からだ。僕等のそれまでの数年といえば、見つめてきた景色をアルバムにパッケージし、年間150本超えのライブをして伝えていく、いわば音楽版移動式パン屋さんのような旅暮らしであった。そういった土着な音楽の暮らしの中で溢れ出てくるサウンドのアイディアを、自分たちの活動以外で活かせるきっかけを作ってくれたのが「暮らし の はなし」でのレコーディングセッションだった。
その後リリースツアーでもギタリストとして同行し、kainatsuのデビューからここまできた道のりを垣間見たし、それがあるからこその現在の歌の温度も感じる事ができた。そして、ここから先にみているであろうことはわかったし、僕らのサウンドをもっと深く混ぜたらそれは見えるのかもとも思わせてもらえた。
そこから今作、「Bookmark」に繋がっていくわけだが、今思うと、その時から互いの共通意識として、「楽曲が第一の主人公」というのがあった気がする。例えば映画であれば、原作をなっちゃんが書き、脚本をフエニカが書き、そこからなっちゃんの歌を主演にそれぞれが楽器で演じるような。
つまりそれは、出来上がってきた楽曲からアレンジを膨らませるときに、ストーリーや背景や心象風景を、歌も楽器も全て含めて有機的に絡んで彩る、ということだった。曲の中の本質を見つけ出すまで深く入り込んでく作業は結果的に新しい発明やアイディアになってシンプルで芯のある歌と音に変わっていった。言葉になる想いは歌になり、言葉にならない想いは楽器の旋律として現れた。そうして、「Bookmark」の楽曲たちはタイトルにも書いた、「”新しい靴”としてのkainatsuというサウンド文体」として生まれた。
このアルバムのアコースティック主体のサウンドは確かに優しく、耳触りが良い。けれどもそれはユルさではない。生楽器のそれぞれの響きは芯が通っていて、聴く人の体温と一緒に普段は日常を歩くリズムを彩るし、時には一音が真実を投げかけてくる。kainatsuのボーカルももちろんそうで、それぞれの曲の中で自然体で、凛としている。
レコーディングでは触れられるような音の質感をとても大切にした。
優しいけど、しっかり先を見据えている歌とサウンド、それこそが今回、huenicaサウンドプロデュースの本質で、「”新しい靴”としてのkainatsuというサウンド文体」である。
また、ミックスを檜谷瞬六氏に託し、数々の希少なヴィンテージ機器で立体的に仕上げていただき、マスタリングではDede Air Mastering 吉川昭仁氏によりアナログテープに通してのマスタリングが施された。個人的には土から作って育てた野菜で作った料理を最高のドレッシングを振って味わい深いお皿に丁寧に盛り付けていただいた気分だ。
話が逸れて申し訳ない、が、とにかく聴いてみてほしい。アコーステックでアナログだから暖かくレイドバックしたサウンドだと思ったらそれは思い違いである。立体的で芯の通った最新のアコースティック主体のサウンドだ。
この靴があれば、きっとなっちゃんはしっかりした歩調で、またずっと音楽の旅が続いていくと思うし、ここから先さらに
新しいものを生んでいけると思う。
 
そんな素晴らしい作品に参加できた事、とても幸せです。ありがとう
huenica Gt/Vo 榎本聖貴

関わる人全てが愛を出し切れた作品

今回のレコーディングはhuenicaとしてサウンドプロデュースに携わると同時に、シンガーソングライター同士でしか分かり合えない芯の部分で触れ合いながら、ボーカルディレクションという役割で伊藤サチコとしても深く関わらせていただいた。
すでに長いキャリアの中で多くの人に愛され続けているkainatsuちゃんの「歌」にアドバイスをして行く作業は恐縮ではありましたが、音の中にどう立つべきかを一緒になって色んな角度から研究することが出来た。新しいアイディアをするりと取り入れ、さらりと着こなしていくなっちゃんの感性の豊かさがとても嬉しくて、私の中にある”理想のkainatsu像”がどんどん具現化して行った。それがどんなものかは是非このアルバムの中で感じ取って欲しい。
女性の目線だから寄り添えた部分、私生活でお互い母となり自然と通じ合えた部分も勿論あり、何気なく言い合うやりとりはとにかく濃厚で、今思えばなかなか過去には経験できなかった理想の時間だった様に思う。

「Bookmark」ではスタイリッシュな東京の街並み、透き通る青空、道端のタンポポ、上下左右自分を取り巻く景色が五感で伝わる様に歌の中を駆け回った。
「歌いながらいけ」では色褪せたロードムービーの様な世界の中で、喉の奥に流れる涙の味まで共有しあった。
「いい予感がするよ」ではメッセージがちゃんと届けたい人に届く様に、思っていることをあえて鉛筆で丁寧に手紙に認めなんども読み返すような気持ちで細部まで表現方法を選び抜いた。
「Boyfriended」では主人公の心の動きを知りたくて、古くからの親友になったつもりでLINEで元彼についてあーだこーだとやりとりした。
「ラブソングが終わる前に」では主人公の溢れる想いをかき消す様に鳴るフロアーの音響や群衆のざわめきやライトのきらめきに身体を預けた。
「blue hour」では内側内側へと深く声を潜らせて胸の奥をさらに超えた子宮まで響かせるような感情を探しあった。
「ガーベラ~きみがだいすき~」ではキッチンの窓から入る風、はためくカーテンの先から微かに聴こえるご近所さんのピアノレッスンの音、我が子を想い頬を緩ませながら食器を片つける母の様な気持ちで冒険を見守った。
「これでいいのだ」は元気な男の子が追いつけないほど目まぐるしく成長していく様子が演奏に反映されていく中、親としての目線をどこまでも共感しあい、ただただ愛おしかった。
「真夜中のランドリー」では今までの人生を振り返って、女性シンガーとしての本質的な暖かさや強さを存分に出し切れる様、声や言葉でぎゅーっと心を抱きしめあった。

全ての曲にはそれぞれの主人公がそれぞれの人生を生きており、その人生の中に嘘が1つもない様にしたかった。それは歌い方の細部まで意味を持たせることに繋がって、音の長さ、呼吸の深さ、目線、表情、瞬間に閉じ込める感情の強弱にとことん拘った。そうすることにより逆に歌は自由になれる。本質がぶれていないからこそどんどん広がって行ける。
音楽は時間芸術と言うが、歌うことはその時間を生きることだと再確認できるボーカルレコーディングだった。それは歌うことの楽しさをどんどん引き出した。歌だけでなく音に対してもそう、言葉に対してやメロディーに対してもそう。大切に向き合うことは全てのことにリンクしていく。

ボーカルブースという小さな空間はまさに人生の製作所。命を吹き込む作業。
歌は死なない。見ず知らずの方の人生と重なり、どこまでも生き続けることだって出来る。
なので全ての愛を出し切って産み出さないといけないと私は思っている。
そんなシンガーソングライターとしての本質を残せた幸せに心から感謝したい。
huenica Vo/Pf 伊藤サチコ